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理系学生日記

おまえはいつまで学生気分なのか

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挨拶

ここ数日クソ忙しかった感じで,SICP とかなにもできなかったんです.
もちろん忙しいとかいうのは言い訳の常套手段ですから,ここでぼくが言っているのも単なる言い訳,気にしないほうがいいですね.


何をしていたのかと言いますと,代表挨拶の原稿を書いていたのと,あとはお酒を飲んでいた.
挨拶の方は実は 2 週間くらい前から用意しとけって言われていて,脳内ではできてたんですけど,それを紙にまとめるのができてなかった.ちなみにお酒を飲むことはたくさんできていました.人には向き不向きがあるのです!


5 分くらいって言われてたので,原稿を持ちこんでそれを読みつつアドリブを加えていけたら一番いい感じに感謝が伝えられそうだなーって自己解釈をしてたんですけど,どうもいざ本番になると,そういうのは許されない雰囲気.ぼくは何度も会の途中でトイレに駆け込みながら,頭の中に内容を叩き込もうとした.
まぁもちろん,実際には完全に叩きこむことはできなくて,言いたいこととかはあんまし言えなかったなーって感じです.
これ原稿.

xx 研究室の id:kiririmode です.
本日はこのような席で感謝の言葉を述べることができて,大変嬉しく思っています.


2年前にも卒業生としてこの会に出席させていただきましたが,それから今日この日を迎えるまでに,私はようやく,自分で考えることの大切さ,そしてこれまで自分がいかに考えてこなかったかという点に気づくことができた気がしています.何よりそのことについて,本日はこの場を借りて御礼を言わせていただきたいと思います.


自分で考えることの大切さというのは,おそらく中学生あるいは小学生でも分かっていることだと思います.事実,私はこの研究科に,あるいは大学に入る前までも,自分で考えて自分で判断してきたつもりでした.ただ私はその大切さを,これまで表面的にしか,文字としてしか捉えていませんでした.中学から高校を選ぶときも,あるいは大学に進むときも,長期的に何をしたくてどうなりたいのかを必死で考えていたわけではなくて,時間に背中を押されるがまま,回りに怒られないように,回りの人が高く評価してくれる選択肢を取ってきたに過ぎませんでした.それをさも自分で考えた末での行動のように錯覚していただけでした.


この研究科での 2 年間が私にそれをきづかせてくれました.ここにおられる先生方から課されたレポート課題の多くは正解の出ないような設問で,これまで自分で考えてこなかった私にとってはとりわけ難しいものでした.研究もそうです.自分が何をするべきなのかすら見えず,苦しむ時間は本当に多かった.また xx 先生には,自分がどう生きたいのか,どうありたいのかを真剣に考える機会を何度も与えていただきましたが,自分がなにを目指しているのかすら,そのときは分かっていませんでした.


今は buzzword として集合知だとか群集の英知という言葉がありまして,私もそれらを扱った本を読んだことがあるのですが,それらの考え方からすると周りの判断を真似ることは悪い選択ではないそうです.事実,私は深く考えもしていないにも関わらず,この素晴らしい環境,そして素晴らしい研究室に辿りつくことができました.ただし,同時にその本はこんなことも言っていました.ただし,周りの判断,評価に合わせることは何も生みださないし貢献しないということを.


おそらく,周囲の判断,評価に合わせていくだけでもそれなりにうまく生きていけるのだと思います.ただ,私たちに期待されているのは,きっと,上手に生きていくこと,世渡りしていくことではない.新しい考えを生み出して,新しい判断基準,評価基準を作り出して,世の中を引っ張っていくことが私たちに期待されていることなのだと思います.そのために,先生方やスタッフの方々は私達を指導していたのではないかと,そしてそうして生きていくためには考える力が必要で,この研究科での時間は,それを学び伸ばすための期間だったのだと,そしてそれを私達に気付かせるためにあったのだと今は思っています.


私たちが,少くとも私が,十分に考える力を伸ばせたかというと,自己評価としては心もとない部分は確かにあります.ただ,考える力がどれほど重要で,どれほど必要かを,この場にいらっしゃる皆様が教えてくれました.それを学ばせていただいたことを本当に感謝しております.ありがとうございました.