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理系学生日記

おまえはいつまで学生気分なのか

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ジョージ・オーウェル 1984年

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一九八四年[新訳版] (ハヤカワepi文庫)

一九八四年[新訳版] (ハヤカワepi文庫)

1984 年というと、英語で書かれた 20 世紀の小説ベスト 100 に選ばれていたり、史上最高の小説ベスト 100 に選ばれていたりする、不朽の名作、ディストピア小説の金字塔です。数年前に村上春樹1Q84 っていう小説も出てましたが、もちろん村上春樹もこのジョージ・オーウェルの 1984 年を土台にして、あのベストセラーを書いた。

しかしそんなことは知るか!!Wikipedia を調べたらそうやって書いてあっただけや!!!ぼくたちの槙島さんがジョージ・オーウェルに触れていたから読んだんや!!!!!!!!
なお、そのシーンについては下記の引用および引用先を御参照ください。

チェ『ごく普通でありきたりな我々が 普通でない街に犯罪を仕掛ける』

槙島「普通でない街か・・・ なんだろうな 昔読んだ小説のパロディーみたいだ この街は」


チェ『例えば ウィリアム・ギブスンですか?』

槙島「フィリップ・K・ディックかな 
   ジョージ・オーウェルが描く世界程支配的でなく ギブスンが描く程ワイルドでも無い」

ある男たちの会話 - opuesto/Tate’s Official Blog (Hatena::Diary)

ちなみにこの中のフィリップ・K・ディックで意図されている作品は、例の「アンドロイドは電気羊の夢を見るか?」で、「ブレードランナー」として映画化されてますので槙島ファンは目から血が出るくらい、不随意筋が脈打つことを忘れるくらい必死になって読みましょう、そして観ましょう。よろしくおねがいします。


さて、この 1984 年ですが、決して気持ちの良い小説ではありません。舞台は、思想が支配された管理社会が構築された「オセアニア」と呼ばれる国家で、思想も言語も結婚も、「党」によって統制されています。人の生活は、「テレスクリーン」と呼ばれるテレビみたいな装置によってその全てが監視され、党に対する反感、寝言、表情を浮かべるだけで、誰にも知られずに思想警察に連行され、その存在ごと無かったことにされます。恋愛ですら許されません。党の言うことは何もかも正しく、誤っていたとしても、正しかったということになるように、全ての書籍の記録、人間の記憶が変更されてしまう統制社会です。
その中で主人公であるウィンストンが党の体制に疑いを持ち、ジュリアと愛を重ね…というシナリオなわけですが、マジで気持ちが良くない。ハッピーエンドでもなくて、読後感も非常に悪い。後半は特に毒々しい拷問が数十ページに渡って展開される。未来のあるべき姿に救いを求めるウィンストンが、必死でもがいて、それでも未来に届かない姿がこれでもかというくらいに強調されます。
党は権力に対して清々しいほどに貪欲で、それが侵されず永久に続くように徹底した管理体制を引いているというところから、共産主義ファシズム批判にも受け取れる内容になっていて、事実オーウェルもそういう社会の倒錯を暴露するために書いたとか言ってるんだけど、とにかく党の思想が完全無欠なかんじがして、内容として恐かった。ホラーとかそういう恐怖感ではなく、「もしもこういう社会が存在してしまったら」、というそういう恐怖感。ぼくたちの持つ道徳感からも倫理観からも激しく逸脱した世界が展開されているんだけれど、その世界にもし自分が生まれ落ちてしまったら、何も感じず当然のこととしてそれを受け入れるんだろうなという恐怖感。


用法・用量を守って、慎重にお読みください。