理系学生日記

おまえはいつまで学生気分なのか

群れのルール

ISBN:978-4492532720:detail

ぼく自身はこの本を読んでいませんが、下記の記事で紹介されていて興味を持ちました。それはぼくの大学~大学院の研究分野が、まさにこのあたり(自己組織化)の NW への適用だったからです。

群れのルール

ここで紹介されているのは、蟻の仕事の分割方法であったり、蜂の探索方法だったりです。これらの蟻や蜂は、個体としての賢さは非常に乏しく、ある一定のルールに沿って動くだけのエージェントです。しかし、それらのエージェントが自律的に動き、それでいて互いに相互作用(正負のフィードバック)をもたらし合うことで、「群れ」というレベルで見ると、まさに生存に理想的な動きを見せます。
例えば蟻は、餌を探す働き蟻や、巣を作る働き蟻など、個々の個体が担当する仕事は異なっています。しかし、例えば餌を探す蟻が大量に死んでしまった場合、他の仕事をしていた蟻が餌を探す仕事をはじめるようになります。結果として、群れ全体として、それぞれの仕事を担当する蟻の割合はほぼ変わることがなく、群れの機能は維持されます(Division of Labor)。また、蜂は、個々の個体が相互作用を繰り返すことで、巡回セールスマン問題を非常に効率良く解くことが知られています。

制御への適用

このような群れとしての知性(Swarm Intelligence)を制御に適用しようというのは自然な流れで、実際にそのような研究も*1活発に行われていました。

人間への適用

他の大学のことは分かりませんが、ぼくが通っていた大学では、自身の研究について、他研究室の人の前で発表するという講義がよくありました。そこで某助教から「なぜ人間から学ばないのか。昆虫などから学ぶよりも、個体としてより賢い「ヒト」から学んだ方が良い制御が生まれるのではないか」という質問を受けたことがあります。
研究の根本を覆そうというこの質問に対し、当時のぼくは満足いく回答ができませんでした。これは研究をする人間としては致命的で当時のぼくはわりかし落ち込んだのですが、今思うのは、ヒトの持つ「多様性」が制御とは真逆の作用をもたらすことが、ヒトから「群れとしての制御」を学べない一番の原因なのではないかということです。

「大企業病」という言葉を例に出すまでもなく、多数の人から構成される集団のコミュニケーションロスの多さは誰もが感じることだと思います。人が 10 人集って、能率が 10 倍になるかというと決してそうではなく、そのうちの大部分はコミュニケーションに使われることになります。
なぜこれだけコミュニケーション過多になるか、それこそが人間のもつ多様性の問題、もっといえば個人の持つ"目的"の齟齬にあるのだとぼくは思います。集団で成果を出すためには、その集団において目的意識を統一するということが欠かせません。会社はその目的を社訓に謳っていると思いますが、社員のどれだけがそれを共有しているでしょうか。あなたの働きがいの延長線上に、それはあるでしょうか。会議で決まった方針とあなたの思いは同じ方向に向いているでしょうか。

蟻や蜂には先祖から遺伝子レベルで埋めこまれた、生存という目的があります。それは特にコミュニケーションを伴わずとも全体に共有されており、その目的を果たすためのルールの遵守についても(大多数は)徹底します。目的が共有できたとき集団は強い。個人では抗えなくなるくらいに強い。
一方で、目的を共有できない群れっていうのはどうなんでしょうか。いくつのメールがやりとりされ、何度の議論を重ねれば、その「群れ」全体で目的を共有できるのでしょうか。何回ですか、どれだけですか、どうすれば良いですか。理想を語れば良いですか、正論を語れば良いですか、尊敬されるリーダーをかつげば良いですか。

「群れ」という一点において、ヒトよりも蟻や蜂の方が圧倒的に優れていると思います。

*1:すくなくともぼくが研究してたころには