プロダクトを作ってリリースすると、「あとはユーザが使ってくれるだろう」と思ってしまいがちです。実際、リリースした時点で満足感と達成感が得られてしまう。
でも実のところ、誰かが使ってくれるまでは、作ったことに意味はない。投下コストに対するリターンは得られない。使ってもらい、価値を創出するところまでをパイプラインとして設計しないと、(狭義の?)「エンジニアリング」が孤立します。
じゃぁどうすりゃ良いんだ、ともがいたところで方法論を持っていない。そこでプロダクトマーケティングを学ぶ必要があると思い立ち、Martina Lauchengco著のLOVEDを読みました。
- LOVEDとは何を解こうとしている本か
- プロダクトマーケティングの4つの役割
- PdMとPMMはパイプラインのどこを担うか
- 戦術より先に問うべき8つの起点質問
- ポジショニングは長期戦、メッセージングは短期戦
- まとめ
LOVEDとは何を解こうとしている本か
LOVEDの著者であるMartina Lauchengcoは、MicrosoftでWordやOfficeのプロダクトマネージャー、Netscapeブラウザのプロダクトマーケティングを担った人物です。ブラウザ戦争が激しかったインターネット黎明期からSaaSが当たり前になった現在まで、数多くのプロダクトの市場展開を間近で見てきた人です。
本書の動機はシンプルで、「プロダクトマーケティングを、その本来の目的に焦点が合うようにすること」でした。では本来の目的とはなにかというと。
「プロダクトマーケティングの目的は、ビジネス目標を達成するための戦略的なマーケティング活動を通じて、市場のパーセプション(知覚)を形成し、プロダクトの定着(アダプション)を促進することだ」
「良いプロダクトを作れば使われる」というのは、"If you build it, they will come"と名付ける思い込みです。優れたプロダクトは成功の必要条件だが、十分条件ではない。社内であっても、人はすでに何らかのやり方で仕事をしていて、新しいプロダクトを試す理由を必要とします。競合他社はいないかもしれないけれど、現状維持という手強い競合がいる。パーセプションを意図的に形成しなければ、自分たちのプロダクトが何のためにあるのかすら伝わらない。
社内プロダクトであれば、そもそも「マーケティングチーム」が存在しないことも多い。作る側が「作ること」だけに集中し、使ってもらうための戦略的な働きかけを担わない状況が自然に生まれます。プロダクトマーケティングは、その空白を埋める仕事なのでしょう。
プロダクトマーケティングの4つの役割
LOVEDはプロダクトマーケティングの本質を4つの役割として整理しています。
- アンバサダー(Ambassador)は、顧客と市場の声を組織内に届ける橋渡し役です。顧客インタビューや市場調査、競合分析はその手段に過ぎません。本質は「プロダクトチームが市場の現実から乖離しないためのアンテナを張り続けること」で、作れるものではなく市場が必要とするものを作るための情報基盤を提供します。
- ストラテジスト(Strategist)は、どの市場にリーチするか、その最善の方法は何かを設計する役割です。ここで重要なのは「戦術より先に戦略を」という姿勢で、「競合がやっているからイベントに出る」「流行っているから広告を打つ」という戦術先行の発想を脱却するために機能します。
- ストーリーテラー(Storyteller)は、市場のパーセプションを意図的に形成する役割です。プロダクトについて語られることのすべてを企業がコントロールできるわけではないけれど、その向かうべき方向を強く形成するポジショニングの仕事はここにあります。
- エバンジェリスト(Evangelist)は、自分一人がプロダクトの価値を語るのではなく、他者が効果的に語れるようにする役割です。営業チームやパートナー、インフルエンサーを「伝道師」にすることで、影響力は指数関数的に広がります。そのためには機能の "what" だけでなく、背景にある "why" を共有することが不可欠です。
4つの役割は互いに連動し、循環しながら強化し合います。アンバサダーの市場インサイトがなければストラテジストは効果的な戦略を立てられないし、ストーリーテラーの説得力あるストーリーがなければエバンジェリストも他者に語らせることができない。エバンジェリストが市場から得たフィードバックが、次のアンバサダーのインサイトになる。車輪のようにぐるぐると回り続けるわけです。
PdMとPMMはパイプラインのどこを担うか
ここまで読んで「それってPdM(プロダクトマネージャー)の仕事と似てない?」と思いました。実際、ユーザの課題を理解して価値を届けるという目標は同じなので、混乱するのも当然です。ただ、両者の違いを整理すると、むしろ「なぜ両方が必要なのか」がくっきり見えてきます。
整理するにはパイプラインで考えるのが便利です。価値の創出は一発のイベントではなく、ユーザ行動の連鎖です。認知してもらい、何が嬉しいのかを理解してもらい、試してもらう。価値を実感した瞬間("Aha体験")を経て習慣化し、周囲に広げてもらう。この流れを一本のパイプラインとして描くと、PdMとPMM(プロダクトマーケター)がそれぞれどこを担うかが自然に見えてきます。
PdMが主に責任を持つのは、パイプラインの中間、「試す → Aha体験 → 定着」という"プロダクト内体験"の部分です。機能の優先順位を決めるのが仕事、と思われがちですが、本質は「ユーザが価値に到達するまでの障壁を消すこと」です。オンボーディングの設計、初期設定の簡素化、失敗時のリカバリ導線、学習コストを下げるデフォルト値など、これらすべてがユーザをAha体験まで届ける設計です。PMMが市場で積み上げた期待値を、プロダクト内で裏切らない体験に変換する変圧器、といえばわかりやすいかもしれません。
一方で、PMMが担うのはパイプラインの両端、「認知 → 理解 → 試す」という入口と、「定着 → 拡大」という出口です。広告や広報だけ、という理解だとここが見えません。PMMのコアは、ポジショニング(市場内での意味づけ)とメッセージング(価値の説明の型)を起点に、「採用される仕組み」を設計することです。導入障壁を下げるパッケージ、成功事例の整備、社内稟議を通す材料、CS(カスタマーサクセス)への武装など、「使われる構造を市場側に実装する」仕事の全体です。僕が「リリースで満足してしまう」問題は、まさにこの市場側の実装が欠けていた状態だったと気づきました。
こうして整理すると、PdMとPMMが噛み合わないときの失敗パターンも見えてきます。1つは、PMMによる高い期待にプロダクト体験が届かないケースです。「期待外れ」と感じたユーザは初回で離脱し、不信が生まれます。もう1つは逆で、PdMの作った良い体験がPMMの文脈設計なしでは試されないケースです。良いものが静かに埋もれていく。どちらも片方だけでは防げない。
接続の要は、「このプロダクトのAha体験は何か」「そのAhaを信じて試す理由をどう作るか」「試した人がAhaに到達するまでの最短経路は何か」を、PdMとPMMが同じ一枚絵として共有することです。LOVEDが説く4つの役割は、まさにその接続を実現するための構造といえます。
戦術より先に問うべき8つの起点質問
ストラテジストの仕事をもう少し掘り下げてみます。LOVEDは戦略を考える際の出発点として、8つの起点質問を提示しています。サードパーティによる評価は信用向上に重要か。どんな顧客をどれくらいのスピードで獲得するのか。その顧客は仕事や私生活においてどこで時間を過ごすのか。この分野を自分たちが育てようとしているか。プロダクトの強みは何か。カテゴリーに好都合なトレンドがあるか。先んじて関係を築いている他のプレイヤーがいるか。そして顧客が新しいプロダクトを採用する際の好ましい方法は何か。
これらへの答えが、採用すべき戦術を自然と決定します。イベントに出るべきかは「顧客がどこで時間を過ごすか」次第だし、市場教育に投資すべきかは「分野を育てようとしているか」次第です。「競合がやっているから」ではなく、自社の状況を軸として判断できるようになります。
この問いを社内プロダクトの文脈に引き直すと、また面白い。「サードパーティ評価」は「上位マネージャーや他部署からの推薦」に読み替えられます。「先んじて関係を築いているプレイヤー」は「ターゲット部署に影響力を持つ人物」になります。B2BかB2Cかという表面的な区分を超えて、自分の状況に問いを落とし込む作業そのものが、戦略思考の訓練になりそうです。
ポジショニングは長期戦、メッセージングは短期戦
本書を読んで個人的に最も腹落ちしたのが、ポジショニングとメッセージングの区別です。
ポジショニングとは、顧客の心の中でプロダクトが占める場所のことです。長期的に形成されるものであり、すべてのマーケティング活動を通じて時間をかけてゆっくりと積み重なります。対してメッセージングは、そのポジショニングを強化するために短期的に語ることを指します。「ポジショニングは長期戦、メッセージングは短期戦」です。
LOVEDには「プロダクトの価値を定めていかなければ、市場にあるさまざまな力によって勝手に決めつけられてしまう」という指摘があります。これを読んで、「市場のパーセプションを形成するとは、ある種の世論を誘導することだ」と理解しました。
世論の誘導、と言うと操作的に聞こえるかもしれませんが、ここで言うそれは本質的な価値に基づいたものです。外部環境の変化(技術トレンド、組織課題、競合の動き)と内部状況(自分たちのプロダクトが解決できること)を的確に重ね合わせ、「なぜ今あなたにこれが必要なのか」を腹落ちさせるための文脈を作ること。それがポジショニングの仕事だと理解しました。
社内プロダクトで言えば、それは「なぜこのタイミングで、このプロダクトが必要なのか」をユーザが自分ごととして理解できるように語り続けることです。機能一覧を並べるのではなく、変化していく外部環境と内部状況を踏まえたうえでプロダクトの存在意義を語る。そのポジショニングの上に、具体的なメッセージングが乗ります。
まとめ
LOVEDを読んで、「作ることへの集中」と「届けることへの無関心」の間にあった溝が、ようやく言語化された気がしました。
プロダクトマーケティングは、専門職に閉じた話ではありません。社内プロダクトを展開するエンジニアにとっても、本質的に同じ問いが突きつけられます。市場のパーセプションを形成し、プロダクトの定着を促進する。それは「作ること」と同じくらい、自分の仕事の一部なのだということを、教えてくれました。
